「ちいさい秋みつけた」「手のひらを太陽に」など、世代を超えて親しまれる名曲を歌ってきた男声コーラスグループ、ボニージャックス。かつてNHK紅白歌合戦に3年連続で出場した彼らは、2026年現在、どのような活動を続けているのでしょうか。
大きな転機となったのは、リーダーの西脇久夫さんが2021年に、バリトン担当の鹿嶌武臣さんが2024年に亡くなったことです。一方、日本国際童謡館の公演案内には2026年のコンサート情報が掲載され、玉田元康さんと吉田秀行さんの名前も現在の活動を支えるメンバーとして確認できます。公式な解散発表の有無、メンバーの歩み、今後の公演を手がかりに、往年の名グループの現在を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2026年もボニージャックスの名義による公演が案内されており、玉田元康さんを中心に歌声を届ける活動が続いている。
- 要点2:現在の活動メンバーは玉田元康さんと吉田秀行さん。西脇久夫さんは2021年、鹿嶌武臣さんは2024年に逝去した。
- 要点3:公に確認できる公式な解散宣言はなく、解散を考えた時期を経て活動を継続。2026年11月にも公演予定が掲載されている。
【2026年最新】ボニージャックスの現在は?解散発表の有無と活動の実態
2026年10月現在、ボニージャックスは、かつてのオリジナルメンバー4人による編成ではありません。しかし、グループ名は日本国際童謡館の公式サイトに掲載され、玉田元康さんと吉田秀行さんが「専属グループ ボニージャックス」のメンバーとして紹介されています。
つまり、現在の状況を理解するには、4人組として活躍した時代と、メンバーの逝去を経た現在の活動形態を分けて考える必要があります。往年の編成がそのまま維持されているわけではないものの、ボニージャックスの名を掲げた公演や歌唱活動は続いています。
では、ボニージャックスは解散したのでしょうか。
少なくとも、公に確認できる公式情報では、グループの解散を宣言する発表は見当たりません。2021年9月、西脇さんの逝去後に行われた公演について、デイリースポーツは、残るメンバーが「解散、引退はないです」と活動継続の意向を示したことを報じています。
ただし、その後もメンバーとの別れは続きました。2024年9月には鹿嶌さんも亡くなっています。したがって、「解散していない」という言葉だけで、以前と同じ4人組が現在も活動していると受け取るのは正確ではありません。
2025年には玉田さんがテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演し、2026年には日本国際童謡館がコンサートを告知しています。現在のボニージャックスは、長年培った歌唱文化を、ソロ公演やグループ名義のステージなどを通じて次の時代へつなぐ段階にあるといえます。
【存命メンバー】玉田元康と吉田秀行は現在どうしている?
2026年の活動を追ううえで押さえておきたいのが、玉田元康さんと吉田秀行さんです。2人は経歴も加入時期も異なりますが、現在のボニージャックスを理解するうえで欠かせない存在です。
玉田元康:90代になってもステージに立つオリジナルメンバー
玉田元康さんは、1958年の結成時からバスを担当してきたオリジナルメンバーで、グループのリーダーを務めてきました。早稲田大学グリークラブで男声合唱を学び、童謡、唱歌、抒情歌、民謡、歌謡曲など、幅広いジャンルを歌い続けています。
2025年10月16日放送の「徹子の部屋」では、当時91歳の現役歌手として紹介されました。番組では、歌手活動と並行して東京都稲城市の介護施設で週4日働いていることも取り上げられています。早稲田大学グリークラブOB会の番組出演報告でも、施設で働く姿や、歌を通して人々と交流する様子が伝えられました。
さらに、玉田さんは2025年にソロアルバム「男たちの子守り歌」を発表。2026年10月7日には、日本国際童謡館が名古屋市中村文化小劇場で開催したチャリティーコンサートに出演しました。公演告知には「ボニージャックス 玉田元康 92歳 人生を歌う」と掲げられ、童謡・唱歌から世界の名曲まで幅広い楽曲が予定されていました。
このように、現在の玉田さんの活動は、4人組時代のレパートリーを歌い継ぐことにとどまりません。ソロ作品の発表や地域の文化活動を通して、長年の歌唱経験を生かし続けています。
吉田秀行:2003年に加入したセカンドテナー
吉田秀行さんは、オリジナルメンバーではありません。2025年に公開された家族葬のファミーユのインタビュー記事によると、セカンドテナーの大町正人さんがグループを離れた後、吉田さんが2003年からメンバーに加わりました。
同記事で玉田さんは、吉田さんについて、年齢がほかのメンバーより若く、真面目で控えめな人物だったと振り返っています。異なる声質や個性を組み合わせてハーモニーを作ることが、グループの長い歴史を支えてきたという説明も印象的です。
2026年現在、日本国際童謡館の公式サイトには、玉田さんと並んで吉田さんがボニージャックスのメンバーとして掲載されています。ただし、公演によって出演者の名義は異なります。玉田さんのソロ公演と、ボニージャックス名義の公演は区別して確認することが大切です。
西脇久夫・鹿嶌武臣の逝去後、何が変わったのか
トップテナーを務めた西脇久夫さんは、2021年8月30日、肺がんのため85歳で亡くなりました。早稲田大学グリークラブOB会の訃報によると、西脇さんは「一週間」「ちいさい秋みつけた」などを歌い、ボニージャックスの中心人物として活躍しました。
西脇さんの逝去後、グループは解散も検討したといいます。玉田さんは2025年のインタビューで、所属事務所の経営を担っていた西脇さんが亡くなったことで、運営面でも難しい状況に直面したと明かしています。
転機となったのは、日本国際童謡館の大庭照子館長と高田真理理事長からの励ましでした。玉田さんの証言によれば、2人から「やめちゃダメですよ」と声をかけられ、マネジメント面でも支援を受けられることになったといいます。
その後、バリトン担当の鹿嶌武臣さんも2024年9月12日、脳幹出血のため90歳で亡くなりました。日本歌手協会が訃報を発表し、日テレNEWS NNNや日刊スポーツなども報じています。
現在の体制は、こうした別れを経て成立したものです。西脇さんと鹿嶌さんの功績を受け継ぎながら、玉田さんと吉田さんを軸に活動を続けていることが、2026年のボニージャックスの実像です。
【年表】ボニージャックスの結成から2026年までの歩み
ボニージャックスの歴史は、大学の合唱団で出会った仲間たちがプロのコーラスグループとなり、童謡や唱歌を日本中に広めてきた歴史でもあります。主な出来事を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | 現在につながる意味 |
|---|---|---|
| 1958年 | 早稲田大学グリークラブ出身の4人で結成 | 男声コーラスグループとしての出発点 |
| 1962年 | 「ちいさい秋みつけた」で日本レコード大賞童謡賞を受賞 | 童謡の歌い手として広く知られる契機に |
| 1963~1965年 | NHK紅白歌合戦に3年連続で出場 | 全国的な知名度を確立 |
| 2003年 | 大町正人さんの離脱後、吉田秀行さんが加入 | 新しいメンバーを迎えた編成へ |
| 2011年 | 大町正人さんが逝去 | オリジナルメンバーとの別れ |
| 2021年8月 | 西脇久夫さんが85歳で逝去 | 解散も検討されたが、活動継続へ |
| 2024年9月 | 鹿嶌武臣さんが90歳で逝去 | 現在の活動体制へ移行する大きな節目 |
| 2025年 | 玉田元康さんが「徹子の部屋」に出演し、ソロ作品も発表 | 個人としての歌唱活動にも注目が集まる |
| 2026年 | 玉田さんのコンサートやボニージャックス名義の公演が告知される | 歌声を届ける活動が継続 |
この年表から分かるのは、ボニージャックスの活動が、メンバーの入れ替わりや逝去のたびに形を変えてきたということです。とりわけ2021年は、中心人物を失っただけでなく、運営を支える仕組みにも影響が及んだ年でした。
それでも活動が続いた背景には、長年築いてきた童謡関係者とのつながりや、歌を次の世代へ伝えたいという思いがあります。単に昔のグループ名を残すのではなく、支援者や公演主催者との協力によって、歌を届ける場を維持してきた点が特徴です。
【近年の公演情報】2026年はどこでボニージャックスの歌を聴ける?
2026年の公演情報を確認すると、玉田さん個人に焦点を当てたステージと、ボニージャックス名義の歌唱イベントという2つの形が見えてきます。現在の活動を追う際は、公演名だけでなく、開催日と出演者の案内にも目を向けたいところです。
2026年10月7日:名古屋でチャリティーコンサート
NPO法人日本国際童謡館は、2026年10月7日、名古屋市中村文化小劇場で「令和8年熊本地震チャリティーコンサート」を開催しました。玉田元康さんが出演し、懐かしい童謡・唱歌や歌謡曲、世界の名曲を届ける内容です。
公式の公演案内では、第一部でソロアルバム「男たちの子守り歌」からの楽曲を紹介し、第二部では世代を超えて楽しめる歌を披露する構成が示されていました。「手のひらを太陽に」「みかんの花咲く丘」なども予定曲目に含まれていました。
この公演はすでに終了していますが、2026年にも玉田さんが舞台に立っていることを示す具体的な記録です。
2026年11月10日:高田馬場「歌声喫茶ともしび」のイベント
2026年10月24日時点で、日本国際童謡館の公式トップページには、11月10日開催予定の「歌の広場~ボニージャックスと歌おう!~」が掲載されています。会場は東京都新宿区高田馬場の歌声喫茶ともしびです。
同イベントの詳細案内では、ボニージャックスのミニライブに続き、会場の参加者と懐かしい歌を一緒に歌う二部構成が紹介されています。歌を聴くだけでなく、出演者と観客が同じ曲を歌う形式は、童謡や唱歌を身近に感じられる場づくりという点でも特徴的です。
ただし、イベントの詳細ページには9月7日と10月5日の過去日程も記載されています。11月10日の参加を検討する場合は、主催者や会場の最新案内で開催時間、料金、出演者を確認しておくと安心です。
公演情報から分かる、現在の活動スタイル
近年のボニージャックスは、大規模なテレビ出演や全国ツアーだけで活動を示すのではなく、地域のコンサート、童謡の継承を目的とするイベント、参加型の歌声企画などを通して歌を届けています。
日本国際童謡館は、過去の名曲を歌い継ぐことに加え、新しい歌への取り組みや、若い世代の人材育成も活動方針に掲げています。こうした団体との連携は、長年のレパートリーを持つボニージャックスにとって、歌を必要とする場所へ活動をつなぐ基盤になっています。
なお、玉田さんのソロ公演が告知されているからといって、吉田さんが同じ公演に出演するとは限りません。反対に、ボニージャックス名義のイベントについても、出演者の具体的な案内を確認することが大切です。
【代表曲】「ちいさい秋みつけた」から「手のひらを太陽に」まで
ボニージャックスの名前を現在まで伝えている大きな理由は、世代を超えて歌い継がれてきたレパートリーです。ビクターエンタテインメントの公式プロフィールによれば、グループは世界各国の民謡、歌曲、黒人霊歌、ジャズ、ポピュラー音楽など、5000曲以上の楽譜を保持してきました。
「ちいさい秋みつけた」:童謡の名曲を広めた歌声
「ちいさい秋みつけた」は、作詞がサトウハチローさん、作曲が中田喜直さんによる童謡です。1955年にNHKの特別番組「秋の祭典」で発表された後、1962年にボニージャックスの歌唱でレコード化され、広く親しまれるようになりました。
同年、ボニージャックスはこの曲で第4回日本レコード大賞の童謡賞を受賞しています。四声のハーモニーが、歌詞に描かれた秋の気配や繊細な情景を丁寧に表現したことも、長く愛される理由の一つです。
「手のひらを太陽に」:世代を超えて歌われる一曲
「手のひらを太陽に」は、作詞をやなせたかしさん、作曲をいずみたくさんが手がけた楽曲です。ボニージャックスは1965年のNHK紅白歌合戦でこの曲を歌いました。明るく親しみやすいメロディーは、子どもたちの歌としても幅広く知られています。
「一週間」「北帰行」など、多彩なレパートリー
1963年の紅白歌合戦ではロシア民謡「一週間」を披露しました。また、「北帰行」「もずが枯木で」「琵琶湖周航の唄」「遙かな友に」なども、ボニージャックスを代表する楽曲として知られています。
こうしたレパートリーの広さは、ボニージャックスの特徴を考えるうえで重要です。童謡だけを歌うグループではなく、日本の抒情歌や民謡、海外の歌曲まで幅広く取り組み、男声合唱ならではの豊かな響きを伝えてきました。
現在の公演でも、往年のヒット曲を懐かしむだけでなく、聴き手と一緒に歌う形式が取り入れられています。作品を保存することと、実際に声に出して歌う機会を作ること。その両方が、ボニージャックスの音楽を今につなぐ役割を果たしています。
【紅白・日本レコード大賞・テレビ出演】ボニージャックスの実績を振り返る
ボニージャックスは、音楽番組や受賞歴を通じて、日本の歌謡史や童謡文化に足跡を残してきました。現在の活動を理解するためにも、全盛期の代表的な実績を押さえておきましょう。
NHK紅白歌合戦には3回出場
紅白歌合戦の出場記録によると、ボニージャックスは1963年の第14回に「一週間」で初出場し、1964年には「幸せなら手をたたこう」、1965年には「手のひらを太陽に」を歌いました。出場は合計3回で、3年連続という実績です。
放送ライブラリーには、1963年12月31日に放送された第14回紅白歌合戦の番組資料が残っています。テレビを通じて全国の視聴者に歌声を届けたことは、グループの知名度を高めるうえで大きな意味を持ちました。
日本レコード大賞などの主な受賞歴
ビクターエンタテインメントの公式プロフィールには、日本レコード大賞の童謡賞、企画賞、功労賞をはじめ、複数の受賞歴が記載されています。童謡・唱歌の分野だけでなく、長年にわたる音楽活動そのものが評価されてきたことが分かります。
- 1962年:日本レコード大賞童謡賞
- 1974年:芸術祭大衆芸能部門優秀賞
- 1983年:日本レコード大賞企画賞
- 1984年:日本童謡協会童謡賞
- 1985年:松尾芸能賞特別賞
- 1999年:日本レコード大賞功労賞
こうした実績は、ヒット曲を生み出したことだけでなく、幅広いジャンルの歌を長く届けてきた活動の積み重ねを示しています。
「徹子の部屋」出演が映し出した玉田元康の現在
テレビ朝日系「徹子の部屋」には、2025年10月16日に玉田元康さんが出演しました。番組では当時91歳の現役歌手として紹介され、介護施設で週4日働く生活や、歌手活動を続ける姿が取り上げられました。
この出演は、ボニージャックスの過去の活躍を振り返るだけではなく、現在も歌と人との交流を大切にする玉田さん個人の生活に光を当てたものです。2025年のソロアルバム発表、2026年のコンサート情報と合わせて見ると、現在の活動が過去の栄光だけに支えられているわけではないことが分かります。
一方、過去の紅白出場映像やテレビ番組の出演記録は、当時の4人組の姿を伝える資料です。それらを見て「現在も同じ4人で活動している」と判断するのではなく、近年の公演案内や現在のメンバー情報と照らし合わせる必要があります。
【ボニージャックス現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ボニージャックスは2026年現在、解散していますか?
A1:公に確認できる公式な解散宣言は見当たりません。メンバーの逝去を経て編成は変わりましたが、日本国際童謡館の公式サイトにはグループ名が掲載され、2026年の公演も案内されています。
Q2:ボニージャックスの存命メンバーは誰ですか?
A2:現在の活動メンバーとして確認できるのは、オリジナルメンバーの玉田元康さんと、2003年に加入した吉田秀行さんです。西脇久夫さんは2021年、鹿嶌武臣さんは2024年に亡くなっています。
Q3:2026年にボニージャックスの公演を聴くことはできますか?
A3:日本国際童謡館の公式トップページには、2026年11月10日に東京都新宿区高田馬場の歌声喫茶ともしびで開催予定の「歌の広場~ボニージャックスと歌おう!~」が掲載されています。開催時間や料金、出演者については、参加前に主催者の最新案内で確認してください。
まとめ:ボニージャックスの現在を知るには公演とメンバー情報が鍵
ボニージャックスは、1958年に早稲田大学グリークラブ出身の4人で結成され、童謡や唱歌、抒情歌を中心に日本の音楽文化を支えてきました。「ちいさい秋みつけた」での日本レコード大賞童謡賞受賞や、NHK紅白歌合戦への3年連続出場は、その歩みを象徴する実績です。
しかし、2021年の西脇久夫さん、2024年の鹿嶌武臣さんの逝去によって、かつての4人組の姿は変わりました。解散を検討した時期もありましたが、関係者の支援を受けながら活動を継続し、2026年には玉田元康さんのコンサートやボニージャックス名義の公演が告知されています。
今後の動向を追う際は、次の3点を確認すると、過去の情報と現在の実態を混同しにくくなります。
- 開催日:過去の公演記録なのか、これから開催される公演なのか。
- 出演者:玉田元康さんのソロ公演なのか、ボニージャックス名義のイベントなのか。
- 主催者の最新案内:開催時間、会場、料金、出演者が最新情報に更新されているか。
往年の4人が奏でたハーモニーは、同じ形のまま続いているわけではありません。それでも、名曲を歌い継ぎ、人々が一緒に歌える場を作る活動は続いています。ボニージャックスの現在を知るうえで大切なのは、過去の栄光だけを見るのではなく、玉田さんと吉田さんを中心に続く歌声の記録を、最新の公演情報とともに追っていくことです。 (出典: ボニー ジャックス 現在(Yahoo!ニュース))